文楽とか浄瑠璃とか

文楽のことなど徒然に

カテゴリ: その他

8月13日、お盆の入に梅田墓発掘調査に関するプレスリリースがありました。

[大阪市公式]
報道発表資料 大坂七墓のひとつ「梅田墓」の発掘調査で
1,500体を超える埋葬人骨が見つかりました


今回の発掘調査箇所はこのあたりやそうです

umeda_08
出典:大阪市役所ウェブサイト

この調査地がどのあたりになるのか、
グーグルマップを使って、
文久3年(1863年)の古地図に重ねて見てみました。

umeda_01

「曽根崎心中」で、お初と徳兵衛は梅田橋で契り
南の茶屋をかえりみて梅田堤を急ぎ曽根崎の杜へ向かう
と、記述があるので、こんな感じになるんかなと。

umeda_03

今の地図に重ねるとこうなる。

この墓地の事は「曽根崎心中」「心中天網島」にも書かれていると
ニュースで初めて知って(ノ∀`)あわてて原作を読み返しました。

該当箇所はここやね。

曽根崎心中(道行き)

umeda_04
出典:新潮日本古典集成/近松門左衛門集 校注:信多純一(S61/10/10発行)

心中天網島(河庄)

umeda_07
出典:新潮日本古典集成/近松門左衛門集 校注:信多純一(S61/10/10発行)

発掘調査が進むにつれ、
大坂という町の人々の暮らしや風習、歴史など
多くのことが明らかになってくるのでしょうね。

その結果として、浄瑠璃に描かれている世界の
新たな解釈も生まれるかもしれん。
そう思うと、ドキドキします。
良い調査になりますように(^人^)

◆おまけ

今回の発掘がお盆の入というのは何かの縁を感じます。
場所柄、奉公人や遊女など、田舎から出てきて
親族に会うこともなく亡くなった人も
多く埋葬されてたでしょうし。

この調査をきっかけに名もなき人の生きた証を
多くの人が知ることになったのは、
何らかの意思があるんかも。

ちょうど盂蘭盆会で、皆、帰ってきてるから
お出会いしたかった人と再会なさったんやないでしょうか。

良い盂蘭盆会を過ごして、幸せにお戻り下さいますように(^人^)





9月1日は午後から天王寺のいくたまさん(生国魂神社)へ。
まずは本殿にお詣りして、
そして、境内末社の浄瑠璃神社へ、初めてお詣りさしていただきました。

IMG_0947

浄瑠璃神社は近松門左衛門さん、
そして文楽の先賢をお祀りしているお社です。

IMG_0948

この神社のことは、春から夏にかけて寄せて頂いた
大阪市大の公開講座「大阪落語への招待」の授業で
春團治師匠から伺いました。

この講座では、師匠と春雨さんの授業、そして寄席を
無料で14回も受講さしていただいたので
ほんのお礼の気持ちとして、
彦八まつりに、ちびっと協賛をさしてもろたんです。

ほんで、手ぬぐいと、奉納落語会の招待券を頂いたので
そちらに伺うため、生まれて初めて、いくたまさんに寄せて頂き
そのご縁で、浄瑠璃神社にも詣らして頂きました。

IMG_0949

お詣りの後は、奉納落語会で大笑いし
噺家バンドライブを堪能
そして河内音頭でン十年ぶりに踊り
フィナーレまで彦八まつりにどっぷり。

IMG_0950

河内音頭はもうよう踊らんと思うてたけど
江州音頭が始まったら勝手に身体が動いて輪の中へ。
プロの歌い手さんの歌で踊ったのは40年ぶりくらいで
ほんまに嬉しかったです。

ウチは河内長野シティの出身で
子供の頃は、盆踊りと聞けば浴衣を着て飛んで駆けつけ、
鼻緒が擦れて足から血が出ても踊ってる、そんな子でした。

その頃の盆踊りは、常にプロの歌い手さんが来て
1時間くらいぶっ通しで物語をやってくれはったんです。
それも好きやった。

IMG_0954

着物の原点も盆踊り。

浴衣を着て踊りに行きたい、
共働きやった母の帰宅を待たずに早よ行きたい
そのために自分で着られるようになりたい

その思いが高じて、中学1年か2年の頃、
押入れにあった古い婦人雑誌の解説を見ながら
1人で汗だくになって着付けの練習をして
文庫が結べるようになったんや。

ウチの着付けは今もその延長で(〃∇〃)
この歳になるまで誰にも一度も教わらずに着付けてます。

IMG_0960

初めて結んだ帯はICカードケースにリメイクして
今も一緒にあちゃこちゃお出かけ。
叔母のお下がりの兵児帯やから
帯年齢たぶん100歳近いと思うんやけど
まだまだしっかりしてます。

いくたまさんに詣って
浄瑠璃神社に詣って
彦八まつりで遊んで
河内音頭を踊ったら
長い間忘れてた、いろんな事を思い出しました。
全部楽しい思い出ばかりで嬉しかった。

良いお詣り、そして お祭りでした。
有難うございました(*´ω`*)



↑このページのトップヘ