傾城壬生大念佛(上の巻の上)(7)
凡例:■赤文字=原文 ■黒文字=現代語ふう
keiseimibudainenbutsu_sashie_002

人音すればおみよはかしこへ入、瑠璃姫は九つの太鼓打ば、彦六と合圖なれば、身拵へして出給ふ、所へ継母大藏立出、是々姫、何しにこへ出給ふぞ、いや藏へはいらふと存まして、むゝ扨は地藏菩薩を拜まさふや、さあ遣入給へ、いや藏の鍵を、タベ盗まれてござんせぬ、

人の気配におみよは物陰に身を隠す。やって来たのは瑠璃姫だ。彦六と約束した9つの太鼓に身拵えをして出てきた。そこへ継母智量院、大蔵姉弟が姿を表す。

「これは姫ではないか。何の用があって、こんな所へ出ておじゃった。」

「えっ。ええと、蔵へ。そう、蔵へ入ろうと思ったのよ。」

「ほう。さては地蔵菩薩様を拝む気じゃな。さあ、お入りゃ。」

「それが、蔵の鍵が。昨夜、盗まれて手元に無いの。」


何を嘘計りと懐へ手を入取出し、是程有物をと、藏の錠をあければ、継母は無體に姫を藏へ押入、それ殺せ、心得たと大藏飛入所へ、新太郎つゝと出、

「何を、嘘ばかり言うでない。」

智量院は姫の懐へ手を入れ鍵を取り出し、ここにあるではないかと言って鍵を開け無理やり姫を蔵の中へ押し込む。

「殺しや。」

「心得た。」

大蔵が姫に飛びかかる。そこに新太郎がすっと現れた。


どこへ/\、身は殿と云ひ名付の勝姫家來、こほり新太郎といふ物、何故瑠璃姫様は殺すぞ、おゝ新太郎ならば様子は知るはづぞ、そちが持参の狀に、瑠璃姫と彦六密通し民彌を殺さふとする、それ故國へ歸らぬ、二人を殺す様にとの狀じや、あら心得ぬ、左様の使ならば、身に仰有はづじや、民彌様の手は見て居る、狀を出し給へ、

「何をなさる。私は殿の許嫁、勝姫様の家来、郡新太郎と申す者。なぜ瑠璃姫様を殺そうとなさるのだ。」

「おお新太郎か。それなら事情は知っておるだろう。そなたが持参した書状に、瑠璃姫と彦六が密通し民彌を殺そうとしている、それゆえ国には帰らぬ。2人を殺せと書いてあるではないか。」

「いや知らぬ。そのようなことなら、私に直接おっしゃるはずだ。民彌様の字は見て知っておる。書状をこれに出したまえ(見せたまえ)。」


是見よとほり出せば、新太郎見て是は直筆じゃ、是姫君よう不義をなし給ふぞ、なふなさけない覺へがないと文を見て、是は民彌様の手でない、兄様はお家流で柔かな手じゃ、此様なきつい手ではない、屋敷に書て置せ給ふ物が澤山に有引合て見や、

「これを見よ。」

大蔵が放り出した書状を見て新太郎は愕然とする。

「これは殿の直筆だ。瑠璃姫様、なぜ不義などなされたのでございますか。」

「どうしてそんなことを仰有るの。私はしていないわ。」

瑠璃姫は困惑して手紙を見た。

「これはお兄様の字じゃない。お兄様はお家流で、とても柔らかい筆の運びよ。こんなきついものじゃないわ。屋敷に書き置かれたものが沢山あるから、比べて見てちょうだい。」


新太郎聞扨は是は民彌様の手ではござりませぬか、はあ是が違へば此方へござった民彌様も、偽民彌じゃ、外の者ではないかいの、

新太郎は唸る。

「これは民彌様の筆跡ではございませぬか。ならば、こちらの屋敷に来たのも偽物だったのでありますな。」

「他所の者ではないのかしら。」


そち達がいとこか、はとこを民彌様と云てこし、瑠璃姫様と彦六が不義有といふて、身に?を持しておこし、兩人を殺させて後では二か國共に、ぬく/\と取ふとは、扨も恐しいたくみかな、勝姫様には日比戀し/\と御召てござるゆへ、ふか/\と御夫婦になした、惡人共が謀にのつて、是迄に來たかゑゝ口惜い、いや/\口惜うもない、某が使に來ればこそ、かやうのたくみを見あらはした、此上は瑠璃姫様を連歸り、詮義しておのれ等を殺すぞ、

瑠璃姫の言葉に首を振り、新太郎は智量院と大蔵をきっと睨んだ。

「お前たちが従兄弟か再従兄弟を民彌様として仕立てたのだな。瑠璃姫様と彦六の不義をでっちあげた書状を私に持たせ二人を殺し、我が国と、この国、二カ国ともまんまと乗っ取ろうとは、なんという恐ろしい企みか。勝姫様は日頃から民彌様を恋しがっておられたから、すぐに夫婦としてしまった。悪人どもの謀にのせられ、ここまで来たのが口惜しい・・・いや、そうではない。私が使いに来たからこそ、こうして謀反が露見したのだ。こうなったからには、まず、瑠璃姫様を私の屋敷にお連れし、詮議してお前たちを殺す。」


大藏聞あらはれたからはよい/\、日比氣にかゝる新太郎を一所に討て取れと、侍大勢取まはせば、心得たりと姫を圍ひ、さん/\に働け共、姫君をかばひ詮方なく、藏へ飛入内より戸をさして居る、

「ばれたなら仕方ない。日頃から気になっていた新太郎を姫と一緒に討ち取ってしまえ。」

大蔵の声に侍が大勢現れ2人を取り囲む。新太郎は姫を庇い戦うが、圧されて蔵へ逃げ込み内側から鍵を掛けた。


侍共戸を破らんと大勢立かいる所へ、彦六一文字に駈付け一々に取て投げ、二王立につゝ立ば、新太郎窓より首差し出し、こなたが彦六どのか。身は新太郎と申者じや、姫君は是にござるぞと、下へおり藏を開き諸共切て出れば

手下の侍たちは蔵の戸を破ろうと大勢で襲いかかる。そこへ彦六が一文字に駆けつけ、次々に斬り掛かる敵を投げ倒し蔵の前で仁王立ちになった。新太郎が上の窓から首を出し声を掛ける。

「そなたが彦六殿か。私は新太郎と申す者。姫様はこれに(ここに)ござるぞ。」

そして下に降り蔵の戸を開け姫と共に立ち居出た。


小姓大學地藏菩薩を護り奉り、是お姫様が大事じやと、左門右門御供申せば、継母うろたへ來り、藏の内へにげ入る大藏もにげ來り、綱へ飛上り藏の窓へ入らんとするを、彦六追駈來り、大藏が足をしつかと取れば、あゝゆるして下されませと慄ひ居る、

駆けつけた小姓大学は(本物の)地蔵菩薩をその手に護り、それ姫様をお助けせよと共に来た佐門右門に命じる。継母智量院は狼狽え蔵の中へ逃げ込んだ。大蔵も飛び上がり綱に手を掛け蔵の窓から入ろうとしたが、追いかけて来た彦六に足を掴まれ、お許し下さいと震えている。


瑠璃姫は是々彦六、いふても母様叔父御じや、命を助けてたも、彦六聞、實に民彌様御留守の内なれば、命は先助け置くと、足の毛をむしり様々なぶり、綱へ搦めそれに緩りとござれと、瑠璃姫の御供申、新太郎彦六は勝姫屋形へいそぎける

瑠璃姫は彦六を止めた。

「やめて。謀反をなさったといっても、私のお母様、叔父様よ。命は助けてあげて。」

彦六は頷く。

「民彌様のお留守だ。(裁きは主が戻ってから)今は未だ生かしておく。」

そして大蔵の脛毛を毟り、散々殴り蹴りなぶった挙げ句、その身体を綱に絡め、

「そこでゆっくりしていろ。」

そう言い残すと、瑠璃姫、新太郎と共に、勝姫の屋敷へ急ぎ向かった。